という記事がありました。
http://www.sponichi.co.jp/sports/flash/KFullFlash20090728139.html
2019年ラグビーW杯日本開催決定を受けての竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長と犬飼基昭・日本サッカー協会会長のコメントですね。
東京五輪は2016年、サッカーW杯は2018年と2022年の招致を目指してるみたいですね。
サッカーは2018年は難しそうな話が出てて2022年だとして、もし2016年の東京五輪が決まると、
2016年:東京五輪
2019年:ラグビーW杯
2022年:サッカーW杯
って感じで、3年ごとにビックイベント開催ってことになりますね。
でもラグビーも2大会越しでの招致決定でしたから、仮に東京五輪が2016年がダメで、2020年になったとしたら、
2019年:ラグビーW杯
2020年:東京五輪
2022年:サッカーW杯
ってことになって、これもまたすごい贅沢なスケジュールですなあ。
サッカーW杯の誘致は東京五輪の開催次第(会場を流用するため)らしいからなんにしろ五輪が決まらないとねえって感じですよね。
2009年7月31日金曜日
2009年7月27日月曜日
ずばり東京—開高健ルポルタージュ選集を読んでみました。

私は1962年生まれなので、2歳だった1964年の東京五輪の記憶は一切ないのですが、その頃の時代の雰囲気というかをよく表してるらしいので読んでみた次第であります。
直接的に1964年の東京五輪のことだけを書いているわけではないのですが、東京全体の当時の風俗というか温度というかが感じられるルポであります。
なかなか面白いのでおすすめだと思いました。
調べてみると、開高健記念館で「ずばり東京」展というのも過去に行われたんですね。
http://kaiko.jp/kinenkan/exh2007-tokyo/
この文庫本の巻末のあとがきで泉麻人さんも書いているのですが、眼鏡をかけた小太りのおじさんが魚を釣ってる印象というのが、私にとっても開高健氏のイメージなのですが、1989年に亡くなっているのでもう20年経つんですねえ。
今の東京を見たら、ずばりどんな風に感じるんでしょうね。
昭和30年代の東京と平成も20年が過ぎようとしている今の東京は、同じ場所でありながら、ずいぶん変わったよなあと思うんじゃないでしょうかね。
2009年7月21日火曜日
お台場のガンダムは2016東京五輪招致にも関連してるんですね。

お台場に原寸大のガンダムが出来たというので見てきました。
人気アニメ「機動戦士ガンダム」の放映30周年を記念して作ったそうなんですが、なんでも「お台場 潮風公園を中心に、都民と企業・行政が一体となって東京のメッセージを発信していく新しいプロジェクト“GREEN TOKYO ガンダムプロジェクト”」ということらしく、8月からは五輪招致のマークをつけたりするそうなんですよね。
そういえば1964年の五輪関連のモニュメントのことを調べていたら、1963年の12月に岡本太郎氏が池袋の駅前に「東京オリンピックを記念して《ヴィクトリー・ポール》を制作する」という記述があって、今はそれはないのでどんなものだったのか、写真があれば見てみたいと思っていたところだったのですが、このガンダムも50年後の未来になれば、2009年に作成された五輪招致のためのモニュメントのようなものとなるわけで、そうなると映像として撮っておく価値はありそうだななどと思ったりしております。
というわけで、8月になったらまたお台場に行ってみようと思っています。
8月1日の午前10時からがセレモニーなんでしょうかねえ。すごく混みそうな気もするなあ。
なんでも当日ガンダムの方に乗って記念撮影をする権利が約260万円でオークションで落札されたくらいなんで、けっこう大変な混みようになるかもしれませんね。
2009年7月15日水曜日
首都高はまだまだ造ってるわけですね。

1964年の東京五輪に間に合わすように作られた首都高ですが、その後も工事は続いて、だんだんと便利になっていったわけですが、それとともに車も増えて、さらに拡張しつつ、気がついたら21世紀になってもまだまだ工事が続いているわけでありますね。
写真は山手通りなのですが、高速3号渋谷線と5号池袋線を繋ぐ中央環状新宿線という道路が工事中であります。たしか新宿から先はもう出来てたかと思います。
詳しい地図は下記URLにありました。
http://www.tobishima.co.jp/project/honmachi/honmachi01.html
これが出来ると都心部を通らずに放射状にのびる別の高速道に行きやすくなりそうですね。
あ、こっちがメインのサイトかな。
http://www.c2info.jp/
おっと、さらに中央環状品川線というのもこれに繋がるんですね。
平成25年度の完成予定だそうであります。
2009年7月6日月曜日
新幹線と太陽の塔

先日駅前の朝日写真ニュースの掲示板を見たら、太陽の塔と引退した初期の新幹線(0系というらしい)が一緒に写ってる写真がありました。
なるほど高度経済成長のシンボルのご対面なわけですね。
新幹線が1964年の東京五輪、太陽の塔が1970年の大阪万博。
私は東京五輪のときは2歳でしたから覚えてないのですが、大阪万博は小学生だったので行きましたよ。新幹線に乗って行ったんだろうけど、何に乗って行ったかは全然覚えていませんよ。
もう記憶の片隅にしか万博の思い出もなくなっているのですが、それにしても、ずいぶん時間が経ったんだなあって思いますね。
新幹線は輸送中だとのことで、再開発計画が進む旧国鉄吹田操車場跡地で2009年8月に一般公開されるそうです。
2009年7月3日金曜日
1964東京オリンピック関連の記念碑に関して

代々木近辺で見つけたもの以外にもいろいろあるかと思ってネットで調べてみると、
●東京オリンピッククレー射撃記念碑
1964年の東京オリンピックのクレー射撃場になった場所。付近の道路は「オリンピック道路」と呼ばれ、記念碑が建つ。
というのがあってこれは東所沢と近かったので行って見てきました。(上の写真)
他には、
●馬術 優勝者記念碑
JRA馬事公苑のグラスアリーナ 東京オリンピックの馬場馬術競技場だったので。
●東京オリンピック自転車競技開催記念碑
多摩御陵前の綾南公園はオリンピック開催当時、スタート&ゴール地点が設営されていた。
●調布市‐東京オリンピックマラソン折返点記念碑
甲州街道沿いの味の素スタジアム前にあるらしい。
●オリンピック競歩折返記念碑
甲州街道沿い。50kmだからマラソンとは別なのかな?
●オリンピック記念碑
横浜市では、サッカ-、バレ-ボ-ル、バスケットボ-ル(予選)の3種目が三ツ沢競技場で行われた。野毛山公園展望台の近くにあるオリンピック記念碑は、そのことを記念して昭和41年(1966)10月に設置されたもので、彫刻家・堀野秀雄氏が製作した3種目のレリーフがはめこまれている。
http://www.city.yokohama.jp/me/nishi/midokoro/sanpo/sanpo03.html
●オリンピック東京大会記念月桂樹
広島市中区中島町
●東京オリンピック 聖火宿泊碑
アメリカ占領下でしたが、聖火が通り、その聖火の記念碑が沖縄の東村にある。
●日比谷公園のはにわ
東京オリンピックの聖火点火地であった宮崎県平和台公園と日比谷公園が姉妹公園になったのを記念して昭和40年に宮崎県から東京都に贈られた。
●本土・沖縄間OHマイクロ回線記念之碑
1964年9月に開設されたので沖縄でもテレビで東京五輪が観られた。
沖縄のNTT西日本 多野無線中継所にあるらしい。
●東京オリンピック中継記念碑
世界初の衛星中継が行われた大会なので記念碑が茨城県の鹿島宇宙技術センターにあるらしい。
http://ksrc-e.nict.go.jp/index-j.html
●ヴィクトリー・ポール
岡本太郎氏が1963年に池袋駅前広場に作成したらしい。(現存せず?)
などあるようようですね。
いちおう、代々木近辺を基本に集めて行こうとは思っていますが、機会があれば巡りにいきたいと思っております。特に今年12月には沖縄にマラソン走りに行くので、行ければ行って巡りたいところですね。
ただ、東村はけっこう遠そうですなあ。
2009年7月1日水曜日
本当は遺跡じゃなくて、遺産ですよね。

当方サイトのテーマを代々木近辺の東京オリンピック遺跡めぐりとしてしまったのですが、
ここでちょっと言葉の意味を調べておきますと、インターネット上の大辞林 第二版 (三省堂)によると
遺産:前代の人が残した業績
遺跡:過去の人間の営為の跡が残されている場所。遺構・遺物のある場所。考古学では住居址・墳墓・貝塚・城郭など、土地に固定して動かすことができないものをさす。
遺構:古い建造物で今日にその一部が残っているもの。また、古代の構築物の様式や配置などを知る残存物として、土地に残された基壇や柱穴など。
遺物:過去の人類の残した物。考古学では、石器・土器・骨格器・青銅器・人骨など持ち運べる物をいう。
というわけで、1964年の東京五輪が残したものは、本来は遺産(レガシー)とすべきでしょうが、遺産めぐりっていうと、、なんか財産を巡って骨肉の争い、、って感じがして、遺跡めぐりって感じの方が面白いかなということで、あえて遺跡といっておりますのでお許しください。
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